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静岡地方裁判所 昭和51年(ヨ)291号 決定 1976年11月27日

申請人 静岡県教職員組合外一名

被申請人 静岡県知事

主文

本件申請を却下する。

申請費用は申請人らの負担とする。

理由

第一、申請の趣旨及び理由

別紙仮処分申請書に記載されたとおりである。

第二、当裁判所の判断

本件は、申請人らが被申請人に対し私法上の団体交渉請求権を有することを前提として、教職員の給与改定に関する団体交渉を拒否している被申請人を相手どつて、民事訴訟法上の仮処分を申請したものであることは、申請の趣意に照らし明らかである。

そこで、地方公務員法(以下「地公法」という。)上の職員団体である申請人両組合が被申請人に対し、私法上の団体交渉請求権を有するか否かについてまず検討する。

地公法五五条一項は、「地方公共団体の当局は、登録を受けた職員団体から、職員の給与、勤務時間その他の勤務条件に関し、……適法な交渉の申入れがあつた場合においては、その申入れに応ずべき地位に立つものとする。」旨規定しており、これによれば、地方公共団体の当局は職員団体から適法な交渉の申入れがあつたときにはこれに積極的に応ずべきことが建前とされているものということができる。しかし、右規定は、「申入れに応ずべき地位に立つ」という必ずしも明確でない表現を用いているのであつて、右規定の文言から直ちに職員団体に私法上の団体交渉請求権が認められたということはできず、職員団体がかような権利を有するか否かは、職員団体ないし地方公務員の憲法上あるいは労働法上の地位等を考慮して決しなければならない。

思うに、地方公務員の給与その他の勤務条件は、私企業の場合のように労使間の自由な交渉に基づく合意によつて定められるものではなく、地方公務員の実質上の使用者である地方公共団体の住民の代表者により構成される議会において、政治的、財政的、社会的その他諸般の事情を配慮して決定されるものであり、地方公共団体の当局は、議会に代つて職員の勤務条件を決定する権限を有しない。従つて、職員団体は、当局と団体協約を締結する余地はないのみならず、当局に職員の給与の改善を約束させても、その協定が直ちに法的効果を生ずるものではなく、又協定どおりに条例案が議会に提出されなかつたとしても、法律上これを強制する手段はないのである。

右のような地方公務員の地位の特殊性並びに地公法が特に職員から人事委員会又は公平委員会に対する勤務条件に関する措置要求の制度(同法四六条ないし四八条)を設けて、職員の勤務条件の適正を期していることを考慮すれば、同法が職員団体に対し、私法上の権利としての団体交渉請求権を認めているとは解し難いのである(もとより職員団体は、当局に対し、職員の勤務条件等に関して、苦情、意見、希望又は不満を表明し、これについて話合いをし、更に法令、条例等にてい触しない限度で協定を締結することはでき、かような交渉の当事者、方法等を定めたものが地公法五五条に外ならないと解されるのであつて、同条の認める交渉権は、私法上の権利にまで高められたものとは言い難い。)。

してみれば、本件仮処分申請は、その被保全権利が存在しないことになるので、その余の点につき判断するまでもなく、不適法として却下を免れない。

よつて、申請費用は申請人らに負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判官 松岡登 人見泰碩 渡辺壮)

(別紙)

申請の趣旨

被申請人はただちに申請人両者と昭和五一年一〇月一五日静岡県人事委員会がなした職員の給与に関する報告及び勧告にもとづく給与改定につき、交渉しなければならない、とする旨の裁判を求める。

申請の理由

一、(当事者)

申請人静岡県教職員組合(以下県教組という)は、静岡県下の公立小・中学校に勤務する教職員をもつて組織する登録を受けた職員団体である。

申請人静岡県高等学校教職員組合(以下高教組という)は、静岡県立の高等学校等に勤務する教職員をもつて組織する登録を受けた職員団体である。

被申請人は、静岡県知事であつて、静岡県議会の議決を経べき案件についてその議案を提出し、予算を調整し、これを執行する事務を担任するものである。(地方自治法一四九条)

二、(給与に関する報告と勧告)

昭和五一年一〇月一五日静岡県人事委員会は地方公務員法(以下地公法という)八条および二六条の規定にもとづき静岡県議会議長ならびに被申請人知事に対し、「職員の給与に関する報告及び勧告」をなした。

その報告によれば、本県の職員の給与と民間給与との較差は六・八二%(報告書五頁)であり、物価生計費については昨年四月に比べ本年四月は、消費物価指数は静岡県では九・〇%、消費支出は静岡市では八・五%、標準生計費は静岡市における二人世帯八・八%、三人世帯八・八%、四人世帯八・四%、いづれも上昇している。(同書一一頁)。本県職員の給与と国及び他の都道府県の職員との給与を比較すると、国の行政職の給与を基準としてラスパイレス方式による指数でみると、本県の職員の給与は昨年四月に比べると三・八縮少しており、他の都道府県の職員との比較では静岡県は全国の七番ないし一二番目に位置する(同書一二頁)、というのである。

かゝる報告にもとづき、静岡県人事委員会は、「六・八二%の公民較差の解消を基本とし、かつ、その他の諸条件をも考慮して給与改定を行うとともに、他の職種の給与についても、行政職職員の給与及び国家公務員の給与との均衡を勘案して」、給与を改定する必要があるとして、次の勧告をなした。

(1) 給料表

現行の各給料表を国家公務員に適用される各俸給表の改定を考慮して改定すること。

(2) 諸手当

初任給調整手当、扶養手当、住居手当、宿日直手当、期末手当及び勤勉手当を、国家公務員に支給されるこれら手当の改定に準じて改定すること。

通勤手当を、国家公務員に支給される手当の改定及び職員の通勤の実態をも考慮して改定すること。

(3) この改定は昭和五一年四月一日から実施すること。

静岡県人事委員会はこの改定の内容を実現するため条例の改正をすることを、県議会議長と被申請人知事に対し勧告したのである。

三、(組合の要求)

地公法二四条は、地方公務員の勤務条件の根本基準を定め給与については、生計費並びに国及び他の地方公共団体の職員並びに民間事業の従事者の給与その他の事情を考慮して定められなければならないとしている。

そこで、昭和五一年一〇月二二日申請人らの組合は、静岡県職員組合と併せ三者で、被申請人知事ならびに静岡県教育委員会教育長の両者に対し、本年度の給与改訂に関する統一要求書を提出した。

基本賃金については、生計費の上昇にみあう国なみ以上の引上げを行なうこと、その他各手当に関する要求である。

それは、人事委員会の報告にもあるように、静岡においては、生計費は八・八ないし八・四%上昇し、消費支出も同様であるうえ、消費者物価指数は九・〇%も上昇している。

したがつてそれ以下の給与の引上げでは、実質賃金の低下であることは明らかである。そこで、組合は、生計費の上昇(八・八%)にみあう国なみ(六・九四%)以上の引上げを要求することは、当然であり、正当な要求である。

四、(交渉の申入と交渉拒否)

昭和五一年一〇月二九日県教組、高教組は連名で被申請人知事に対し文書をもつて右要求書にもとづく給与改定問題について、地公法五五条一項および四項の規定にもとづき、交渉の申入れをなした。

これに対し、被申請人は一一月一日口頭で「任命権者である教育長と交渉してほしい」と回答し、交渉に応ずることを拒否した。

同年一一月八日、申請人両組合は再度文書をもつて被申請人に交渉の申入れをなした。

これに対しても、被申請人は「交渉に応じる必要はない」「文書による回答の必要はない」として、交渉を拒否した。

やむなく一一月一六日申請人両組合は、第三回目の文書による交渉の申入れをなしたが、被申請人は依然として、交渉を拒否している。

五、(交渉拒否の違法性)

申請人ら両組合が被申請人知事に対し交渉を求めている事項は、前述のとおり、教職員の給与改定に関する問題である。これは教職員の給与条例の改正を伴う案件であり、かつ当然予算を伴うものであるから、この給与勧告の実施については、被申請人知事が管理決定することのできる当局である。

したがつて、申請人両組合が、被申請人知事に対し地公法五五条にもとづき交渉の申入れをなすことは正当である。

しかも、地方教育行政の組織及び運営に関する法律二九条によれば、教育に関する予算その他教育に関する義務のうち議会の議決を経るべき議案を作成するについては、知事は教育委員会の意見をきくものとされていることからみても、明らかなように、被申請人知事が前記申請人両組合の交渉の申入れに対し、任命権者である教育長と交渉せよとの回答は、本末転倒の誤つたものである。

地公法五五条一項は、職員団体から給与に関し適法な交渉の申入れがあつた場合において、地方公共団体の当局は、その申入れに応ずべき地位に立つものとすると明定されている。

申請人ら職員団体の交渉権は、憲法二八条にもとづくもので、協約締結権は認められていないけれども、原則的には、団体交渉権として認められているものである。

被申請人は、前途のとおり、申請人両組合の給与改定問題につきなした本件交渉の申入れに対し、これに応ずべき義務があり、これを拒否することは、地公法五五条に違反するものであつて違法である。

六、(仮処分の必要性)

静岡県議会は来る十一月二九日開会を予定されており被申請人知事は給与条例の改正案を議会に提出することが予定されている。

申請人両組合は、組合員の勤務条件の改善をはかるため、人事委員会の給与に関する報告、勧告を受けて、組合員の給与が、インフレ経済のもとで生計費の上昇分を十分にカバーできるよう組合の要求を実現するため、被申請人知事と交渉する権利があり、またその緊急な必要性がある。

にもかかわらず被申請人知事は、これに応ずべき地位にありながら、あえて違法にこれを拒否している。

申請人ら両組合には労働組合法の適用がなく、被申請人知事からかかる違法な交渉拒否をされた場合、私企業の労働組合のような行政上の救済方法は認められていない。

しかも地公法五五条一項は、被申請人知事に交渉義務のあることを明定している。よつて申請人両組合は被申請人知事に対し、交渉義務存在確認等の本案訴訟を提起すべく準備中であるが、前記のとおり、被申請人知事は交渉をしないまゝ給与条例改正案を議会に提出する恐れがあり申請人組合は固有の交渉権を奪われ回復しがたい損害をこうむる恐れがあるので申請趣旨記載の裁判を求めるため仮処分申請をなす。

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